■言語も違えば文化も違う・・・そりゃいろいろありますがなぁ!
 
   
 
もともとの本業は貿易とビジネスプロモーション/コンサルティング関連で、まともには料理も接客もできないARAだったのですが、何を血迷ったのか1980年代の初旬頃からプロの板前さん達やマネージャーさんを日本から呼んだお門違いの日本料理屋経営にも16年間以上も関わっていました。屋上にアンテナを上げてクラブ局を開設、日本食つまみ食いし放題+いつでもアマチュア無線を楽しめるような公私混同ぶりを発揮していたのは言うまでもありません。

十〜二十代の頃、 あちこちで出合うモービル局と交換するEyeBall QSO用の名刺に『電話級アマチュア無線通信士』という冗談資格を真面目に刷り込んで誤解・顰蹙を招いていたARAの日本料理屋専用名刺を16年間飾っていた堂々たる肩書は、『Executive Dish Washer』!

90年代の半ばにバブル後遺症でビルを所有していた会社が経営破綻。永い間入居していたビルそのものがマフィア金融に乗っ取られ、悔し紛れに最後までしぶとく抵抗した結果、地揚屋もどきにひどい目に遭わされて着のみ着のまま叩き出されてしまったのですが現在でも日本語のオーストラリアガイドブックに載っているかもしれません。

日本から呼び寄せた板前さん達や客席の支配人さんはもちろんベテランのプロ揃いでしたが、総人数にすればのべ百人以上もお手伝いしていただいたことになるウエイトレスさん達は日本からやってきた留学生やワーキングホリデーの素人女性が大多数を占めていたのです。

もともとの目的が利益追求型ビジネスではありませんでしたし、すべてが気楽なオーストラリアですから、いろいろな事件が起きても私は叱りもせずニコニコしている日常でした。以下は、すべてが本当に起きた出来事、ご希望が多かったので旧JARAサイトから引き継いで日常茶飯事のエピソードをいくつかご紹介させていただきます。『日本語?・英語?・カタカナ語?』に関する現実の面白エピソード、なにしろ16年・・・ですからね、無限に近い位の在庫がありますよ!


   
 

■多発したビール事件:ウルサ型評論家達も文句を言わないカタカナ語なのですから・・・。
■コンニャク事件飲むコンニャクってのが、確か日本の健康飲料にあったような気が・・・。
■うる覚え挨拶事件こうなっちゃうと『微笑み返し』もなにがなんだか・・・。
■予約電話事件:英会話に自信をお持ちのアナタ、、、辞書にない言葉にご用心!
■空飛ぶブタ事件:ブタ⇒ブタ肉、牛⇒牛肉・・・日本では確かにそうなるんですが・・・。
■中指立て事件:文化習慣が変わると、指1本でもエライ違いが・・・!
■タイム事件(1):掘ったイモいじるな・・・ところがぎっちょん!
■タイム事件(2):いくら「タイム!」になれているからってねぇ・・・。
 
■巷で見聞きした事件: 街に出たら出たで、いろいろありましたよ。
▼以下、少しずつ追加予定
 

 

日夜さまざまなハプニングが繰り広げられていました
靴をどうしても脱がないで座敷に上がってしまうお客様、お刺身のワサビをいきなり口に入れてしまう方、割り箸を割らずに「使いにくい!」という素朴なヒト...etc。ARAを含めて二十人近くの男女全員独身世帯だった期間が長かったので、英会話事件の他にも数々の忘れられない現実の青春ドラマ(海外編?)がありましたよ。店内別室には24時間運用が可能なクラブ局もありましたし、VKコールサインを取得した日本人男女従業員達も延べ10人以上!

※各画像は営業していた頃のレストラン・ARA自作のウエブサイト(九十年代中頃)から・・・
 
■英語下手・ARAの居直り(?)エッセイ⇒

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